自分の親が施主、というのは、やりやすそうでやりにくい。
設計をする前にまず釘をさされたのは、
「*つちのこやいもむしには住めんよ。」ということだった。
私が設計する家は、当然、つちのこやいもむしのようなカタチになると
思っていたらしい。
*つちのこ http://tsuchinoko.com
いもむし http://www.tsuchinoko.com/cosmicsoup/www/indexc.html
(※両方ともケンチクです。)
あのカタチを、そのまま住宅にしようと思ったことは一度もない。
だけど、そのつくり方や姿勢は、家づくりの場においてこそ、ぜひとも活かしたかった。
一言でいえば、
地場の、身近な素材を活かして、住み手が一緒につくり育てる家、ということ。
両親は、いもむしやつちのこが雑誌などで紹介された記事を見て、
ある程度そういうつくり方をしていることは知っていた。
でも、まさか自分たちも現場で一緒につくることになろうとは、
夢にも思わなかっただろう。
うちの両親は、まじめな地方公務員だった。常識的な「ふつう」を好む人である。
この「ふつう」というのが曲者で、案の定、私がやりたいと思ったことは、
口にしただけでことごとく跳ね返された。
「ふつうじゃない」という理由で。
それでも、私がここでやりたかったこと―――
まずは、地場特産の和紙を活かして、和紙の空間をつくること。
壁、天井を和紙で貼り、床を和紙のタタキで仕上げるということ。
そもそも、この地域は、いにしえより、和紙の産地だった。
けれども、今はパルプ工業にとってかわり、和紙は、みやげ物店で販売される特別な物になった。
紙漉き工場も、残っているのはわずか一軒だけ。
そんな手漉き和紙を、飾り物ではなく、家の仕上げ材として活かし、
この土地ならではの住まいをつくりたい!と説得を試みた。
しかし。
『紙を貼る?よごれたらどうするんね。ふつうでええんじゃけえ、ふつうで。
え?壁だけじゃのうて、床も紙でやる?むちゃ言いんさんな。
どうやって掃除するんねえ~!』
高校生ぐらいまでは、親と意見が合わず、揉めることはあったけれど、
一人暮らしをするようになってからは、あまり波風を立てたことがなかった。
でも、この家づくりが、思いがけない嵐を呼んでしまった。
(その③に続く。)

